【感想】『月と六ペンス』

最近、名作を読みたいけどどれを読んだらいいのかわからなくて、塚崎幹夫さんの『名作の読解法』という本を読みました。

その中で『月と六ペンス』が紹介されていて、とても興味を惹かれて読んでみたくなりました。

読んでみてすごく面白かったので紹介します。

※ややネタバレしているのでご注意ください

『月と六ペンス』

株式仲買人として働き、妻子を養って堅実に生きていたストリックランドが、突然妻と子供を捨てて画家になろうとします。

その様子が、駆け出しの作家である主人公の目線で語られていきます。

ストリックランドは自分の求める絵を描くために全力を注ぐのですが、そのためには他人への思いやりすら持たず、自分勝手に生きています。

この作品について塚崎さんは

作者は世間の人々のあいだに身を置いて、そのつどストリックランドを厳しくとがめ、憤慨に耐えないような様子をして見せながら、彼を批判する人たちのがわにあるいっそうの偽善や虚栄やらを暴き、一方、彼を芸術の魔神に取りつかれた、一途な苦行者として描き出すことによって、結局は彼の生き方を読者に肯定させるところまで導いていく。その手並みは非凡であり、見事である。(p357)

と書かれていて、「どういうことなんだろう?」ととても興味を惹かれました。

印象に残ったこと

この本を読んで印象に残ったことを3つ紹介します。

1.人間は矛盾している

主人公は人間について、

当時の私は、人間とはもっと均質的なものと考えていた。あれほど魅力的な生き物のなかにあれほどの悪意があることに驚き、落胆した。一人の人間がいかに多くの資質で作り上げられているか、当時の私は知らなかった。いまなら、一人の心の中に卑小と偉大、悪意と善意、憎悪と愛情が同居していることがよくわかる(p111)

と言います。

この後に人間が矛盾した感情を持っていることがわかるエピソードがいくつも出てきて、

人って正しくあろうとしていても意外とブレブレなんだなぁと思いました。

2.個人の幸せと社会の幸せ

人間には「良心」があります。良心について主人公の考えは、

良心は社会を主人とし、その主人のために働くから、当然、優先するのは個人の善より社会の善だ。(p101)

というものです。確かにそうかなぁと思います。

しかし、社会は個人のことなんて目もくれないのです。

小説の中で、ストルーヴというお人好しの画家とその妻が平凡で穏やかな生活をしているのですが、ストリックランドが関わることによってその生活は崩壊してしまいます。

その生活が情け容赦のない運命によって木っ端微塵に打ち砕かれたのは、実に残酷だ。だが、それよりもっと残酷なのは、世間にとってそれが屁でもなかったことだ。世間は知らん顔で、いつもどおり回転している。あれほど酷い事が起こったのに、そのために特に悪くなったふうもない。(p268)

これには衝撃を受けました。

私たち個人は社会のために行動しますが、社会は個人のためではなく社会全体のためにあり、個人を幸せにしてくれるわけではないのかもしれないと思いました…。

3.自分の信念のために生きる

ストリックランドは自分が追い求める絵を描けるようになるために、全てを捨てて生きました。

他人を全く顧みず、自分だけを信じていました。

長年連れ添った妻子を見捨てたことについては

「十七年も食わしてやったんだ。そろそろ自力でやってみてもいいと思わんか」(p81)

と切り捨てます。

そして愛すらも否定していました。

「愛なんてくだらん。そんなものに割く暇はない。それは弱さだ。(略)

肉欲ならわかる。それは正常で、健康的だ。対して、愛は病気だ。」(p265)

と言います。

ストリックランドを愛してしまったブランチという女性がいましたが、ブランチの愛を肉欲と絵画のためだけに使い、結果としてブランチは自殺してしまいます。

主人公はストリックランドのふるまいのせいで「一人の価値ある人生が失われてしまった」と責めますが、それに対してストリックランドは

「人生に価値なんかない。ブランチはおれに捨てられたから自殺したんじゃない。愚かで、不安定な女だったから自殺したんだ。」(p268)

と解釈しています。

これについて主人公はストリックランドを

ストリックランドは自分にも他人にもやさしくない。愛は弱さの感覚と切り離せず、守ってやりたいという願いや、大切にして喜ばせたいという熱意とも切り離せない。(p208)

と分析しています。

ストリックランドは他人に優しくない代わりに自分にも優しくなかったのです。

一人孤独に戦い、信念を貫く強さがありました。

世の中には、「他人にどう思われようと気にしない」という人が時々いるけれど、ストリックランドのように本当に他人を顧みない人はいないと主人公は言います。

「他人にどう思われようと気にしない」という人について、主人公は

実際は、自分が気まぐれでやることなど世間は知らないし、知っても気にしないと高を括っているだけだ。それか、少数の取り巻きにちやほやされて、それを頼りに世間の大多数の意見に逆らってみているか、だ。(略)

だが、文明人の心の奥底には、実は他者に認められたいという強い願いがある。それは最も深い本能と言えるかもしれない。(p98)

と分析しています。

「他者に認められたい」という本能を超えて信念を貫こうとするストリックランドのことを、ある人はこう評します。

「あなたはある目的地に向かい、危険で孤独な旅に出ている。自分を苦しめる力からそこで最終的に逃れられると期待している。もしかしたら存在しないかもしれない聖地と、そこに向かう永遠の巡礼ですね。」(p278)

これを読んで、ストリックランドの孤独な戦いが、もはや神聖でさえあるように感じました。

作者に翻弄されるのを楽しむ本!

小説は描かれていない部分を想像で補いながら読んでいくので、自分の経験と感覚から読み解いていく面があります。

だからこそ小説の作者は、どんな読者でも狙い通りに導いていけるのではないかと思います。

このような体験ができるのは小説ならではの楽しみかもしれないと思いました。

今後も作者に翻弄されながら小説を楽しんでいこうと思います!

コメント

  1. mmiimm より:

    初めまして、Mと申します。
    余計なお世話ですが外国の文学を読む時は訳者を選んだ方が良いですよ。
    出版社は新潮社の方がお勧めです。
    モームなど有名な作家は沢山の出版社が出しているから。。。オバチャンのお節介でした。

  2. navyblue888 より:

    Mさん、コメントありがとうございます!
    今回は、いくつかの文庫を比べて光文社の訳が好みだったので選びました。
    新潮社も読んでみます!

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